死の受け入れ
院長ブログ6
病気が進行すると、迫りくる死の恐怖・悲しみが病気の方ご本人・ご家族を襲います。残念ながら逃げ道はありません。医師・看護師も無力です。
最期の診療を何度重ねてもこの恐怖や悲しみの襲撃に対する有効な対処法はなかなか思いつきません。しかしいくらか心の傷を小さくする方法かもしれないと思い至る事があります。
それが「死の受け入れ」です。
ご家族にとって「病を得た方が病気で亡くなること」は当然一大事であって、「夢なら醒めてほしい」「奇跡が起こって治ってほしい」ことだと思います。しかし自然の摂理は容赦なく人の命を奪っていきます。
正確な診断
まず受け入れのために必要なのは「正確な診断として、治療が困難であると確認されていること」です。「もしかしたら何か治る治療があったかもしれない」と後悔することはあってはならないことです。現在の医療は日本国内ではほとんど均質の医療が全国に行き渡っており、例えばがんの場合には各地域のがん拠点病院でほぼ最終診断がくだされます。がんを研究する各学会がガイドラインを作成して世界的な研究をもとに行うべき治療が取り決めてあります。「他の県に行ったら診断が違った」などということはほとんど起こりません。標準治療から外れた治療や考え方を主張する医師たちもいますから、インターネットで見聞きすると「まだ他になにか方法があるんじゃないだろうか」などと思われる方は少なからずいらっしゃいますが、残念ながらそういった情報は有効性が確認されていない方法であったり、一部の医師たちの誤った考え方であったりします。一つの医療機関での診断に納得がいかなかったら「セカンドオピニオン」で他の医師の意見を聞くのも有効な方法です。診断を納得することは重要なことなので、しっかりとご相談されてください。
セカンドオピニオンでもほぼ同じ判断がくだされたときにはその判断は受け入れるべき時です。示された判断が「受け入れたくないこと」であっても「受け入れざるをえないこと」です。それは我々医師も医学の無力さを思い知る時です。医師の中にはこの無力さに打ちひしがれたことで発奮して研究の道に進む人も大勢います。我々医師は学会や医師会活動、医学雑誌を通じて最新の情報を集めていますから、新しい方法があればすぐにご紹介します。
「治療が困難」という判断を受け入れると「もうすぐ死ぬんだ」と絶望感に打ちひしがれ、「心の痛み」が襲ってきます。これに立ち向かう力となるのはご本人とご家族、友人たちの絆です。一人ひとりの心は弱いものですぐ折れてしまいそうになりますが、絆の強さを持っている人はうまく立ち向かうことができます。特に子供や孫の存在は病に苦しむひとの心に大きな助けとなることが多いようです。
我々ターミナルケアに関わる医療関係者もご本人やご家族と絆を作ることができたら支えの一部になるかもしれません。
ただし「治療が困難」という事実を受け入れていないと、「死に向かう心の痛み」にうまく立ち向かうことができなくなることが多いです。これは我々医療関係者がきちんと受け入れていただけるように説明できていないからかもしれないので我々が反省すべきところもあるかもしれません。
緩和ケアの役割
「治療が困難」となった場合でも緩和治療は続けていきます。緩和治療とは痛みや呼吸苦や吐き気などの症状を和らげるための治療です。症状の緩和は最期の瞬間まで行いますし、安定した状態の維持も可能な限り続けます。ターミナルケアを行う医師の中には「点滴は絶対にしない」と決めておられる先生もいるようですが、当院ではご本人の状態やご希望に応じて調整するべきだと考えています。そういった医療的な技術を駆使してなるべく症状を和らげて心の絆で心の痛みも和らげることができたら緩和ケアとしての役割を果たせるものだと思い、日夜取り組んでいます。
2017/10/12 矢ヶ部 伸也