診療所や高齢者施設における新型コロナウイルス感染症対策についての2023年5月以降の指針
2023年1月に日本国政府が示した方針として、新型コロナウイルス感染症対策は、感染症法に基づいた新型コロナウイルスの分類を2類感染症から5類感染症に移行するとされています。
このため、2020年から行われていた新型コロナウイルス対策としての社会行動の制限やマスクの着用が法的な義務であったものから、個人の判断にゆだねられることになります。
診療所や高齢者施設で面会制限や外出制限を行っていたことについて、法的な根拠が無くなるということにもなります。
このことから、当法人では、新型コロナウイルス感染症対策としての個人的、組織的な考え方をサポートするため、この指針を作成しました。今後の新型コロナウイルス感染症対策の参考としてください。
まず、新型コロナウイルス感染症の特徴を理解していただく必要があります。わかりやすくするために重要な特徴を箇条書きにします。
- 感染の伝搬力が非常に強い。
- 高齢者が感染すると死亡する恐れが高い。
- 若年者では死亡する恐れは低い。
- 全く症状がないのに感染している人がいる。
この4点が新型コロナウイルス感染症の特徴として重要です。
上記2.と3.は図1のグラフを参照してください。
このグラフからわかるように、新型コロナウイルス感染症による死者は30代までは少ないものの、40代から増え始め、60代で多くなり、70代、80代と急増しています。
このことから、新型コロナウイルス感染症対策は、若年者を対象としたときと、高齢者を対象としたときに分けて考えたほうが良いことになります。
診療所や高齢者施設は60代以上の利用者が多い施設であるため、「高齢者を守る」という観点での運営が適切と考えます。(一部診療所では若年者の利用がほとんどのところもあるでしょうから、その場合にはこの指針は向かないと考えます。)
「高齢者を守る」という視点から考えると、2020年~2022年に行われていたような面会制限やマスク着用、動線の区別は引き続き継続することを強くお勧めします。ただし、これは施設内だけの問題ではなく、施設職員も日常生活の中で厳しく守らないといけない指針となります。施設職員は外出などでも引き続きマスクを着用していただく必要がありますし、クラスターが発生する恐れのあるイベントなどには参加しないことが求められます。
今後新型コロナウイルス感染症は今までのインフルエンザ感染症のように、時々感染が拡大して、自然と収まるということを繰り返すと思います。そうしたときに、世間にコロナウイルス感染症の波がきて感染者が増えてくると高齢者施設でクラスターがそのたびに発生して、入居中の高齢者が数人亡くなるという波が繰り返されるようになるでしょう。
もし面会制限やマスク着用をしなくてよいという運営をする施設が今後出てきた場合には、その施設は新型コロナウイルス感染症の感染者数が一般社会にて波のように増えたときには施設にもすぐコロナウイルス感染症が入ってくるという状況になり、施設入居者の死者も増えやすいということになります。面会制限やマスク着用を引き続き行う施設では、世間にコロナウイルス感染症が増えても、施設内で感染者が増えることをかなり防げることになるでしょう。
一般社会では若い方々はコロナウイルス感染症になってしまっても死亡のリスクは低いので(無いとは言えませんが)、今までのインフルエンザ感染症のように、かかったら人にうつさないように家でおとなしくしておくという程度の対策でもよいという方針です(実際に罹患してみるとわかりますが、症状が出てしまうと死なないと言ってもかなりきついですし、後遺症に悩む方もでてしまいますので、本当にそれでよいかもまだ疑問ですが)。ですから2類感染症から5類感染症に移行するのです。ただし、これは新型コロナウイルスがインフルエンザウイルスと同じレベルで怖くないということではありません。インフルエンザで死者が多かった2018年でもインフルエンザ感染症による日本人の死者は年間で約3000人です。2023年1月~2月にかけては新型コロナウイルス感染症による死者が1日500人を超えている日もありました。一週間で3000人を超すのです。ですからインフルエンザと同列に扱うのは危険です。また、この発表は統計として明らかに新型コロナウイルス感染症による死者と判定されたものだけの発表ですから、新型コロナウイルス感染症の後に後遺症で亡くなった人の数は含まれていません。臨床医として働いている実感として、もう少し新型コロナウイルス感染症の影響で亡くなった高齢者はいらっしゃると思います。
2類感染症として指定を続けると社会生活に影響が強くて経済活動が停滞することから、経済の活性化のためにあえて政府が決めた方針であり、ウイルスのリスクには少々目をつぶろうということです。若年者にとってそれは合理的な判断と言えると思います。しかし、高齢者にとっては死者が増えるのはやむを得ないという厳しい判断になるかもしれません。あと数年たてばこの方針がどんな意味を持っているかがはっきりと数字に出ますが、今は予想することしかできません。杞憂かもしれませんが、高齢者の死者が多い現実を考えると、高齢者は若年者よりも用心するほうが良いと思うのです。「世間に新型コロナウイルス感染症の波が増えてから行動制限を始めたらいいじゃないですか。」という意見も出るかもしれませんが、新型コロナの波がいつから増えてくるかは、増えてからわかることであり、「あ、波が増えた」と数字に表れた時点ですでに施設に入り込むことが多い感染症です。感染してから症状が出るまでに2日~7日の潜伏期があるからです。
今後は「選択」になってくると思います。
A.制限が緩いので受診や面会、外出、外泊は自由だが、施設内感染はあまり防げないので世間に感染症の波が襲ってきたらクラスターの可能性が高い施設
と、
B.制限を厳しくしているので、受診や面会、外出、外泊には制限があるが、施設内感染をなるべく防いでおり、世間に感染症の波が襲ってきてもクラスターの可能性が低い施設
のどちらを目指すかということです。
「受診・面会・外出・外泊は自由にしてほしいけれど感染症の伝搬は防いでほしい」というのは理想であり、だれでも当然そうしたいのですが、箇条書きの1.と4.の性質から、今の人間の科学技術ではそれはできません。それが無理だということは2020年~2022年の世界の感染症対策の中で我々が学んだことです。
まず施設の責任者の方々が、AとBとどちらを目指すかを決めていただき、その決定に従って利用者やその家族の希望とその方針の兼ね合いで対応していただく必要があると思います。利用者や家族が施設を選ぶのです。A.の方針を選んだ施設にB.の方針を希望する利用者やその家族が居らっしゃるのは(AとBについてはその逆の組み合わせも)お互いに不幸になる可能性があり、転院・転居をお勧めするべきです。
医療法人純伸会はB.の方針を選ぶ予定です。
2023年3月6日 医療法人純伸会 矢ヶ部医院 矢ヶ部伸也